自分の左ひざの状態はいつもすっきりしなく、なんとなく違和感を抱えて以前ほどの痛みはないのだが積極的に自信を持って動ける状態でもありません。
どうしたものかといくつかの整形外科の門をくぐりますが、改善の糸口は見つからず、「X線撮影の結果、別になんともないです」と言われ、あまり相談に乗ってくれそうになく思案にくれています。
私もこのように医科に受診するときは保険証を利用しています。
私が患者として受診する上では、この健康保険証は強い味方で、この一枚あれば全国どこの医療機関でも受け入れてもらえます。この点ではたぶん世界でも例をみない優れたシステムで、各国が見習いたいと考えているはずです。

しかし、歯科医療を提供する立場となると、話は違ってきまして、この制度の悪い点ばかりに焦点が当たってしまいます。
私の医院に来院される患者さんの多くは、使えない材料(例えば白くしたいとか)はあるものの、やはり保険証一枚で十分な医療を受けられると考えていらっしゃる方がほとんどです。
しかし、私は歯科医であるけれど仮に患者として歯科治療を受けるときには、100%保険の範囲内での治療を受けることは望みません。自分に望まない事を患者さんに施すのはどうかという思いもあります。
保険制度は難しく言うと、疾病保険で、病気になった人、あるいは病名がつけられて初めて適応される制度で、治療よりも優先される予防あるいは再発予防のための取り組みは適応外となってしまいます。さらに、現在の歯科医療において欠かすことのできないインプラントや矯正治療も適応外です。これらの治療は決してぜいたく品ではなく、生活必需品であるにもかかわらずです。

歯科医療は日進月歩ですすみ、次々ハイテク・ハイクオリティー技術も開発されているにもかかわらず、多分15年(人によっては20年以上と言う歯科医もいる)は新しい治療技術は保険制度の中にはいっていません。
15年前の品揃えの家電量販店や自動車販売店があれば、それはたぶん誰も見向きもしないでしょうし、そもそもそんな店は存在すらしていません。しかし、歯科の保険医は同じ状況を強いられていると私は考えています。
しかもこの制度において歯科医師側はとても低い診療報酬しかもらえないため、どうしても薄利多売の道を選ばなければ経営が成立しなくなる。その結果どうしても日本の歯科医は他の先進国で比較しても 一日に治療する患者数が多くなる。手作業の連続である歯科医療は早い、安い、うまいというわけには行きません。さらに手作業よりも大事な 本当に必要な事を患者さんに伝える、という予防の取り組みができない。だから再発傾向が強く、重症化して抜けていく歯も多くなってしまうという流れは否定しきれないと思います。
一部の歯科医はこの制度の下では自分の仕事に責任が取れないということで見切りをつけて、健康保険診療を望む患者さんに門戸を閉じています。それ以上に多くの歯科医は保険診療の中での仕事にやりがいや使命感を得られなくなり、その結果歯科の仕事を志望する若者の数が急減して、この業界では大問題となっています。これはまちがいなく数年後に歯科医療のレベルの地盤沈下を引き起こすと予測されます。これは歯科医院の数を減らしても解決しないでしょう。
私も所属する歯科医師会も、保険制度改正のための様々な試みをしていますが、行政や政治家に働きかけているだけではあまり効果が出ないような気がします。
大事なことは、この制度が患者さんにとっても不利益につながる側面があるということを一人でも多くの人に理解してもらう事だと考えています。さまざまな試みも目の前の大事な患者さんの理解と後押しがなければ無駄な努力になりかねないのではないかと危惧しています。

救急医療の問題、産科医不足の問題、地方での医療体制の不備など国民が気付いて世論として形成できた事は例えば医学部定員増や、診療報酬の見直しなどの結果になって表れたのはいい手本だと思います。
「保険診療の範囲内だけで十分な治療はできませんよ 治療費が安いからといって保険の範囲内だけでの診療を選択されると、かえって歯の寿命を短くすることがありますよ、治療結果も患者さんのその後の協力がなければ(再発予防の取り組みをしていただかなければ)長く続きませんよ」
このような事実は伝え方を間違えると、「アノ医院では高額な治療を押し付ける、あるいは面倒なことをいつも言われる」といわれかねないので、慎重な対応が必要ですが、患者さんの口腔内の健康をその生涯にわたって維持するということを考えるとこの事実を客観的に伝えたい気持ちが強くなってきます。
もちろん、患者さんが選択をすれば健康保険の範囲内でそのルールを遵守して最善の事はする義務がありますが、事はそれだけではすまないようです。
私一人では当然この制度を変える事はできませんが、結局歯科医師同士、あるいは医療サイドと患者さんの間でこのような議論が深まらなければ、一歩も進まないような気がします。そしてこのような議論は少なくとも私の周りではあまり聞こえてきません。ここまで述べたことの中には正しくない事も私の考え違いもあるかもしれませんが、それらを含めてもう少しこのような議論を深める機会があってもいいのでは、と危機感を感じています。
かっこよく言えば現在の歯科医療の最前線に立つ立場として、かっこ悪く言えば地域医療の現場の末端で心身ともにすり減らす存在として、せっかくの健康保険制度をよりよく改革されることを切に願います