今年歯科医院開業20年を迎えた。多くの方々この医院にかかわってくださった方々にこの場を借りて深く感謝の気持ちをお伝えしたいと思います。

10年ひと昔を2サイクル

心血を注いで重ねた日々の中で得られたもの失ったもの数限りない。
知識 経験 技術 人 もの おかね 変遷を遂げながらここまで行きついてきた。
全ては自分自身の分身であり自分自身そのものと考えてきた。
そして今知っていることだってすべては誰かから教わったことである。

何かを生み出した気になったとしてもそれは神様からの借り物であると思うようにしている。その借りものからまた何を生み出せるのか、この仕事を引退するその日がきたら、それは私の手を離れることになる。還さなければならない。しかも綺麗な状態で 後悔をしたくない。自分なりにだけれどやりきって辞められようにしたい。
来し方 行く末 つらつらと書き連ねてみた。

現在の歯科医療は様々な矛盾や問題点に縛られている。それが制約となっているが、制約があるからこそ工夫や改善をしようという気にもなる。
患者さんのことを考えると先送りできないし避けて通ることができない。直面しながら手探りで解決方法を模索してきた。

手を抜かず手を汚さず手を荒らさず そのような思いで臨床を重ねて来た者にはそれなりの到達点が来るはず。そんな思いで患者さんを迎えてきてあっというまに20年を迎えた。
患者さんの信頼を裏切りたくない、根底にはその想いが必ずあった。

20年前の自分は今の私から見て、やはり未熟であった。もちろんそうでなければおかしい。
20年前よりも歯科医としての引き出しは増えていることも自負している。
そんな未熟であった自分に口腔の健康をゆだねてくださった皆様方には本当に感謝しています。患者さんとともに年を重ねることがどういうことか、理解できて来たのは最近である。

この20年何が一番変化してきたのか、それは臨床に対する心構えではないだろうか。診療理念とも言い換えることができるかもしれない。仕事観、仕事の在り方は常に上書き保存されてきている。

30代のころは医院の成長=医院を大きくすること=患者さんの数とそれを支えるスタッフ数を増やすことであった。確かにそれは分かりやすい成功の一つの物差しである。大勢のスタッフに囲まれて記念写真を撮影することは誰にでもできることではない、それは確かだ。人は城、人は石垣、人は堀、という言葉もあるくらい。私もそれを安直に目指していた時が正直あった。今考えると恥ずかしい限り。

ある日突然それが嫌になったのだ。信じていた宗教を変えるぐらいの方向転換をしたくなった。いくつかの出来事が重なり合って大きな塊となりそれまでの考えが明確に誤りであることに気が付いて別の物差しを使うようになっていく。
「これは患者さんを大切にしていない」

「質の向上は文化を生むが数だけを追いかけることには未来がない」
ここに目を向けることができたのだ。当たり前だけれども
患者さんは私たちの生活を支えるためにこの医院の門をくぐるわけではない。
患者さんは私たちの成功を実現するために口腔の健康をゆだねるわけではない。
患者さんは私たちの医院のアポイント表を埋めるために診療申し込みの電話をかけてくるわけではない。

これはもちろん初めからわかっていたことだけれども 個人事業主として 経営者としての振る舞いや責任を重視すると つい そんな原点を見失ってしまうことになる。他の診療科に受診すると私も一人の患者に過ぎない。患者目線に立つ事が一番難しい。
経営者である以前に一人の医療人であり社会人であり一人の人としてどう振舞うべきか?
そう思いいたることができたのは幸いであった。
そこから診療のスタイルは転換点を超えることになる。

まず自分教育 そしてスタッフ教育
スタッフそれぞれと面談をする。
「私は教育をする覚悟があるがあなたに教育を受ける覚悟がありますか?」
教育を受ける覚悟のあるスタッフだけに残ってもらう だからスタッフ数が減る 当然受け入れる患者さんの数を制限することになる。
さらに患者さん教育を重視する。「説明はいいから 早く治療をすましてくれ」とせかす患者さんにも粘り強くお話をする。この医院を去って行かれた方ももちろん存在する。さらに会議 ミーティング 研修の時間を増やす。もちろん診療の時間を削って時間を確保する。だからますます受け入れられる患者さんの数が少なくなる。患者さん一人にかける時間を長くする。医院のダウンサイズを進める。

決められたルールに従うメンテナンスや検診一つをとってもそれは保険外であることを伝える。当然ながら患者さんから
「ほかの医院ではそんなこと言われませんよ!」という声を多数いただく。
 医院経営にとって リスクが高すぎる選択をためらわず断行する。急降下だ。
スタッフ全員安全ベルトをして 衝撃に備えよ!
どんな患者さんでも とにかく来てください 親切で明るい歯科医院です と広告宣伝をすることによって 初診の患者さんの数を増やすことはそれほど難しくはないけれど 涸れることなく次々に患者さんを集めるとその方たちを丁重に扱うこともありがたいと思う気持ちも少なくなる。

患者さんの数を少なくするという方法は手本がないだけに 先が読めない 誰に聞いても解決方法は知らない でも自分が主導権を握りたい 自分たちの診療方針を喜んで受け入れてくださる方々と楽しく診療をしたい 自由になりたい 他の医院でしていることを意味もなく強要されることは 本当に自分のやりたかったことなのか?
自分ではそうは思っていないけれど 多くの人が言うように 歯科医院が余っているのであれば 一つぐらいはこんな医院があってもいいはず それを求めている人にとってかけがえのない医院であればそれでいい。
それがモチベーションだった。

好きな人たち(スタッフ)と好きな人(患者さん)を相手に好きな仕事(このようなスタイルの歯科医療)をして得られた利益を好きな人のために使う 自分家族スタッフそして患者さんにも利益を還元する つまり医療の体制を日々更新しながら治療環境を整える。
それはスタッフ全員の合議制で決めていく みんなで決めるからみんなが責任をもってそれを実現しようとするはず 院長だけでなくスタッフ全員の 発想 ひらめき 思いつき
これって楽しそう!というような提案 ここから医院のスタイルを組み立てていく。

今までやってきたことの延長上でこれからも何とかしようというのは難しくなる時が来る。
歯科医療はもともと細かい作業の積み重ねで成り立つ医療だが 治療結果がいい状態で経過するために 患者さんの意識も変わっていかなければ意味がない。その病気はいとも簡単に再発する。そこにお金をいただいていいのか 保険だろうと自費だろうと そこに違いはない。

歯科は生活の医療といわれる。歯は生活を支えるもの食を支えるものであるが 生活をしながら消耗し形を変え壊れていくものである。これは避けられない。つまり生活を続けていれば必ずというほど歯科医院の門をくぐることになる。その時にまた私たちの医院に戻ってきてくださるか 信頼を損ねてほかの医院に転院するかの2択である 患者さんが転院する。だから新しい初診の患者さんが大量に必要になる。戻ってきていただけるのであれば 何かしらの評価をいただいたということ。

医院の評価を初診の患者さんの数ではなく 再初診の患者さんの数として捉えなおすことにした。そうでないと 初診の患者さんの数を増やすことを主な目的とした宣伝広告をしなければならない。ホームページをはじめとした広告宣伝は 亡くなられた方や転居された方のような 患者数の自然減でうまれた枠のみ受け入れるため どうしてもこの医院でなければだめだと思ってくださる患者さんに届くように そして患者さんとのミスマッチを防ぐため 実施していこう。

受け入れる初診数は一月あたり10人以下が目安 これでやっていく
そのように覚悟を決めてからの変化は 自分にとっても予想外の連続でした。
まず 何より歯科医療が面白くなりました。
歯科医療のフィールドは 口の中だけではない。患者さんの人格 意識の問題 そう捉えなおすとみんな一人一人違う。だから人との出会いを楽しめるようになる。
「患者さんの言葉は宝の山」そしてまだまだ分からないことが山の様にある。
ひとつわかるようになると 次の課題が見えてくる。

立派なことばかり言って行動がついていかないのはダメだけれども 求められたときに立派なことの一つも言えないのも恥ずかしい。見識が問われる毎日だ。
自分の歯科医療に対する考えを前面に押し出すとき その行為に愛情があるのか それとも自分を認めてもらいたいだけなのか 医療は誰のものなのか? 答えは患者さんが握っているのかもしれない。

自分自身次の10年後20年後が楽しみです。まだ見たことのない歯科医療を見てみたい。
実現したい 楽しくやりたい でも気を抜くことはできない まだまだ未熟 とはいえやはり患者さんを失望させたくないという想いはさらに強くなる。本当にお役に立っていますか? 

医学的にも医療としても医業としてもそして道義的にも正しいと思う道を信じて患者さんと向かい合っていければ何かが宿るのかもしれない。
10年後あるいは20年後にこの文章を読んでどんなことがその胸の中に去来するか 予測がつかない。

歯科医療に何ができるのか。歯科医療を通して世の中を少しでもいい方向に変えていこうということが求められています。そこに応えられる歯科医院でいたい。
守りに入るか まだまだ攻められるメンタル・フィジカル備わっているか 柔軟さと謙虚さ感謝の気持ちはいつも心に残していたい。

私たちにしかできない医療があるはず。そこを追い求めることが社会貢献に繋がることがわかってきた。もっと楽しく患者さんのお役に立てるいい医療がどこかにあるはず。それを一緒に築いていけるスタッフや環境があることはありがたいこと。
歯科医療を通して多くの人が幸せになることができれば それは天職に近づくでしょう。歯科医療は面白い 歯科医師って楽しいよ 歯科医院の院長ってぜひお薦めだよ そんなことを後に続く人に伝えるべき年齢に差し掛かっている。
やりたいこと伝えたいことが無くなるときが来るのでしょうか。
体力の限界 気力もなくなり引退をすることにしました(覚えていますか?横綱千代の富士の引退会見のセリフです) 必ず来るこの日まで 楽しみながら次の20年日々の診療を過ごしていきます。